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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)94号 判決

大阪府門真市大字門真1006番地

原告

松下電器産業株式会社

代表者代表取締役

森下洋一

訴訟代理人弁理士

役昌明

滝本智之

岩橋文雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

村山光威

及川泰嘉

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第9231号事件について平成7年1月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年12月5日、名称を「複写機能付黒板」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和59年特許願第256732号)をしたが、平成4年3月30日に拒絶査定がなされたので、同年5月21日に査定不服の審判を請求し、平成4年審判第9231号事件として審理された結果、平成7年1月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年3月2日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

ケースより少なくとも一部が表出した描画シートと、

前記ケース内に設けられ前記描画シートの表面の画像を読取るイメージセンサと、

前記ケースの背面より前方に設けられ、前記イメージセンサからの出力を記録紙に記録する記録器と、

前記記録器の印字用紙としてロール状の記録紙の装填を前記ケースの前面側から行うための開閉機構と、

を有し、前記ロール状の記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行うことを特徴とする複写機能付黒板。(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、特許請求の範囲の必須要件項に記載された前項のとおりのものと認める。

(2)これに対して、昭和50年特許出願公開第142040号公報(昭和50年11月15日公開。以下、「引用例1」という。)には、会議等においてパネル(黒板等)に書かれた記録を直接複写する機能を備えた黒板兼用複写装置に関する発明が開示されており、そこには、「第1図において複写装置フレーム1の上部前面に普通の黒板に対応するパネル部2が設けられている。パネル部2のパネル面(黒板の面に相当する面)として表面が平滑なシート材3が張られている。シート3はエンドレスベルト状に構成され、ローラ4、5及び駆動ローラ6に巻掛けられている。シート3はパネル部2においてはローラ4、5によりほゞ垂直に張られ、消去容易な水性マジック等により文字図形等が表面に書かれるときに撓みを生じないように背面より背当板7により平坦に支持されている。シート3の表面に記録されたものを複写したいときはフレーム1に設けた操作部1aのプリントボタンをONにする。プリントボタンのONにより駆動ローラ6が回転されシート3が矢印方向に動かされると同時に感光紙8が給紙されシート3の上の記録が感光紙8に複写される。…(中略)…駆動モータ10はフレーム1に取付けられた複写部11の駆動モータと兼用されている。複写部11は従来の複写装置の如く露光光源も含む光学系12と、感光紙8の給紙部13と、感光紙の給紙を検知するペーパースイッチ14と、ペーパースイッチ14の作動により働く帯電部15と、露光部16と、現像部17と、定着乾燥部18と、排紙トレー19とを含んでいる。」(1頁右下欄19行ないし2頁右上欄9行、第1図)の記載がある。そして第1図、第2図には、給紙部13が感光紙8を収納する箱状体で構成していること、且つフレーム1の前面には給紙部13が挿入されている開口が設けられていることがそれぞれ図示されている(別紙図面B参照)。

また、昭和59年特許出願公開第171696号公報(昭和59年9月28日公開。以下、「引用例2」という。)には、上記引用例1と同様に、会議等に利用する黒板に文章や図形を書いたものを印刷できる電子黒板装置に関する発明が開示されており、そこには、「先ず第1図は本発明の実施例の1つである。1は黒板、2-1、2-2はレール、3は装置のカバー、4は操作部、5は印刷紙の受け、6は印刷紙、7はセンサーを搭載するキャリア、で実施例の外観を表わした。…(中略)…第2図では8はフラットケーブル、9は電源部、10は符号化、複合化回路部と、モデムと回線制御部と記憶装置と操作部と制御部を収納するシャーシ、11はモータ駆動部、12は印刷制御部と印刷装置を収納したシャーシ、13は印刷紙のロール、14はモータ…(中略)…である。第3図では20は壁である。第4図において、21は回路部の基板、22はライン形のイメージセンサ、22はロットレンズ、24-1、24-2は移動センサを支持するローラ、35は回路部に接続するコネクタである。」(2頁左上欄1行ないし右上欄11行、第1図、第2図、第4図)の記載がある。そして、第1図、第2図からみて、印刷装置を収納したシャーシから印刷紙6が印刷紙受けに引き出されていることについて図示されており、また第2図には、シャーシ12に開口が設けられていて、該開口部にロール印刷紙13が露出している状態が図示されている(別紙図面C参照)。

(3)そこで、本願発明と引用例1記載の発明とを比較検討する。

引用例1記載の「フレーム」、「感光紙8」及び「黒板兼用複写装置」は、本願発明の「ケース」、「記録紙」及び「複写機能付黒板」に相当する。なお、引用例1記載の「シート3」は黒板の面に相当するパネル面を構成し、消去容易な水性マジック等により文字図形等を表面に描くものであることから、シート3のパネル部分はフレーム1から表出していなければならないことは明らかなことである。また、複写機等画像形成装置において、感光紙8(記録紙)は消耗品であることから、容易にその補充のできる構造が望ましいことは自明のことにすぎない。そうした点から、引用例1の第1図、第2図に示されている黒板兼用複写装置のフレーム1の前面に形成されている給紙部13が挿入されている開口は、複写機の給紙手段において周知慣用技術であるカセットの挿入口と同様構成を表している点から、前記給紙部13がカセットとして挿脱できるようにした構造を示しているものと解される。すなわち、フレーム1には、それ以外に給紙部13である箱状体内へ感光紙8を補充するための開口部が特に見当たらないことからも明らかなことである。

したがって、本願発明と引用例1記載の発明とは、共に、「ケースより少なくとも一部が表出した描画シートと、

前記ケース内に設けられ前記描画シートの表面の画像を読取る読取手段と、

前記ケースに背面より前方に設けられ、前記読取手段からの出力を記録紙に記録する記録器と、

前記記録器の記録紙の装填を前記ケースの前面側から行うための機構と、

を有し、前記記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行うことを特徴とする複写機能付黒板。」

である点で一致するが、以下に示す〈1〉ないし〈3〉点で両者は相違する。

〈1〉 画像読取手段として、本願発明が、イメージセンサを用いているのに対し、引用例1記載の発明が「光学系12」を用いている点

〈2〉 記録紙(感光紙8)として、本願発明が、ロール紙を用いているのに対し、引用例1記載の発明はロール紙でない感光紙8を用いている点

〈3〉 記録紙(感光紙8)の充填をケース(フレーム1)の前面側から行うため、本願発明では、開閉機構を用いているのに対して、引用例1記載の発明では挿脱構造を用いている点

(4)各相違点について検討する。

〈1〉 相違点〈1〉について

複写機能を有する黒板装置の読取手段として、イメージセンサを用いることは、引用例2にも示されているように周知慣用技術にすぎず、これを引用例1記載の黒板兼用複写装置の読取手段(「光学系12」)に代えて用いることは当業者が必要に応じて容易になし得ることと認められる。

〈2〉 相違点〈2〉について

複写機能を有する黒板装置の記録紙として、ロール紙を用いることは、これもまた引用例2に示されているように周知慣用技術にすぎず、引用例1記載の黒板兼用複写装置の記録紙(感光紙8)としてロール紙を採用することは、当業者が特に発明力を要することなく、必要に応じて適宜なし得る程度のことと認められる。

〈3〉 相違点〈3〉について

引用例2の第1図と第2図の関係をみると、センサを搭載するキャリア7の外側面が同じ方向で表されている第1図と第2図とは共に同一方向から見た外観図と認められ、かつ、第2図は第1図における装置カバー3を取り外した状態を表していることは、当業者の容易に認識し得ることと認められる。また、装置カバー3を外した場合(第2図参照)、シャーシ12よりロール印刷紙13が露出する状態からみて、装置カバー3を外せば、(カバー3を開ければ)ロール印刷紙13を補充装填できることを表しているものと認められるので、引用例1記載のロール紙ではない記録紙の補充装填手段に代えて、本願発明のように、引用例2に示されているような、開閉機構を基にした手段を採用することは、ロール紙を記録紙として用いることに随伴する必然的なことと認められ、当業者が容易に採用し得ることと認められる。

そして、上記のように引用例1記載の発明に引用例2に記載された技術事項を適用して構成されたものと、本願発明とは、その作用効果においても格別の相違はない。

(5)したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例1及び引用例2に、審決認定のとおりの記載が存することは認める。

しかしながら、審決は、引用例1及び引用例2に開示されている技術内容を誤認した結果、一致点の認定及び相違点〈3〉の判断を誤り、本願発明の進歩性を誤って否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点の認定の誤り

a 審決は、引用例1の「第1図、第2図には、給紙部13が感光紙8を収納する箱状体で構成していること、且つフレーム1の前面には給紙部13が挿入されている開口が設けられていることがそれぞれ図示されている。」とし、これを前提として、本願発明と引用例1記載の発明とは「記録器の記録紙の装填を前記ケースの前面側から行うための機構」を有する点において一致すると認定している。

しかしながら、引用例1の第1図及び第2図はいずれも縦断面図であるから、それらに表されている給紙部13の断面が四角形に近いからといって、「給紙部13が(中略)箱状体で(中略)フレーム1の前面には給紙部13が挿入されている開口が設けられている」と断定することはできず、審決の上記認定は誤りである。

この点について、被告は、複写装置における給紙手段を給紙箱として箱状のもので構成し、これを挿入する開口部を複写装置本体の前面に設けることは本出願前に周知であると主張する。

しかしながら、被告が援用する乙第1ないし第4号証から明らかなように、通常の書類複写装置においては、箱状体の給紙部を挿入する開口部は複写装置本体の側面に設けるのが技術常識であるから、被告の上記主張は失当である。

b また、審決は、本願発明と引用例1記載の発明とは、「ケース内に設けられ前記描画シートの表面の画像を読取る読取手段と、前記ケースに背面より前方に設けられ、前記読取手段からの出力を記録紙に記録する記録器」を有する点において一致すると認定している。

しかしながら、引用例1に記載されている黒板兼用複写装置は、原稿の画像を感光紙に光学的に直接投影して記録する電子写真技術を基本構成とする通常の複写装置をそのまま活用して、黒板に相当するベルト状シート3に書かれた原稿を、ミラー22及びレンズ23を含む光学系12によって、直接、感光紙8に投影して記録するものである。

これに対し、本願発明は、描画シート12に書かれた画像を、鏡17及びレンズ19からなる光学系によって、イメージセンサ20に光学画像として投影し、これをイメージセンサ20によって電気信号に変換した後、記録器によって記録紙に記録するものであって、スキャナとプリンタの技術を基本構成とするものであるから、引用例1記載の発明とは技術分野が全く異なり、主要な構成も当然異なっている。したがって、引用例1記載の発明は、本願発明が要旨とする「ケース内に設けられ前記描画シートの表面の画像を読取るイメージセンサ」に相当する機能を有する読取手段、及び、本願発明が要旨とする「ケースの背面より前方に設けられ、前記イメージセンサからの出力を記録紙に記録する記録器」に相当する機能を有する記録器を備えていないから、審決の前記認定は誤りである。

c さらに、審決は、本願発明と引用例1記載の発明とは、「記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行うことを特徴とする複写機能付黒板」である点において一致すると認定している。

しかしながら、引用例1記載の発明の感光紙8は、記録時においては、前面から背面に向かって搬送されているのであり、記録が完了した後に、記録機能部(現像部17、定着乾燥部18)から排出されて、排紙トレー19の傾斜面を重力によって装置前面側へ落下するものであるから、記録時における紙詰まりへの対応を、前面から行うことは困難である。

これに対し、本願発明は、「記録器9の操作や記録紙の装填は複写機能付黒板の裏面に回って行わなければならないので、壁に掛けて使用することは当然できないし、壁に掛けて使用しなくても、記録器の操作性がよくなかった。また、記録紙が紙詰まりを起こした場合にはその搬送路を見ることが困難であった」(平成6年10月7日付け手続補正書2頁8行ないし12行)ことを技術的課題(目的)として捉え、これを解決するために、記録時における記録紙の搬送方向を限定し、「ロール状の記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行うこと」を必須の要件とし、この構成によって、紙詰まりが発生しても前面からその処理が容易になるという作用効果を奏するものである。

以上のとおり、引用例1記載のものにおいては、感光紙8は前面から背面に向かって搬送されながら記録を行うのであるから、これと、本願発明が要旨とする「ロール状の記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行うこと」とは同等であるとした審決の認定も、誤りである。

(2)相違点〈3〉の判断の誤り

審決は、「(引用例2は)装置カバー3を外した場合(第2図参照)、シャーシ12よりロール印刷紙13が露出する状態からみて、装置カバー3を外せば、(カバー3を開ければ)ロール印刷紙13を補充装填できることを表しているものと認められるので、引用例1記載の(中略)記録紙の補充充填手段に代えて、(中略)引用例2に示されているような、開閉機構を基にした手段を採用することは、ロール紙を記録紙として用いることに随伴する必然的なことと認められ、当業者が容易に採用し得ることと認められる。」と判断している。

しかしながら、引用例2の第2図は、引用例2記載の発明の実施例のものを分解した状態を表すものにすぎず、ロール印刷紙13の装填方法が明らかでなく、ロール印刷紙13に印刷するための構成も明らかでないから、「ロール印刷紙13が露出する状態」のみを表している引用例2が、ロール印刷紙13を補充装填する構成を開示しているとはいえないし、まして、本願発明が要旨とする「記録器の印字用紙としてロール状の記録紙の装填を前記ケースの前面側から行うための開閉機構」が開示されているとは到底いえない。したがって、審決の上記判断は誤りであり、「上記のように引用例1記載の発明に引用例2に記載された技術事項を適用して構成されたものと本願発明とはその作用効果においても格別の相違はない。」とした審決の判断も誤りである。

この点について、被告は、ロール状の記録紙の装填方法については本願発明と引用例2の開示事項との間に相違はないと主張する。

しかしながら、引用例2は、記録器についてはロール状の記録紙を用いる点のみを開示しているにすぎず、記録器の具体的な構成は明確に開示していないから、被告の上記主張は失当である。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  一致点の認定について

(1)原告は、引用例1の第1図及び第2図はいずれも縦断面図であるから、それらに表されている給紙部13の断面が四角形に近いからといって「給紙部13が(中略)箱状体で(中略)フレーム1の前面には給紙部13が挿入されている開口が設けられている」と断定することはできないと主張する。

しかしながら、昭和53年特許出願公開第118132号公報(乙第1号証)、昭和54年特許出願公開第2721号公報(乙第2号証)、昭和59年特許出願公開第64433号公報(乙第3号証)及び昭和59年特許出願公開第167425号公報(乙第4号証)にみられるように、複写装置における給紙手段を給紙箱として箱状のもので構成することが本出願前に周知であることを勘案すれば、引用例1のペーパースイッチ14の作動により給紙を検知される給紙部13は、箱状体のものと解するのが相当である。そして、引用例1の給紙部13の開口は、縦断面図上、明らかに複写装置フレーム1の前面側に設けられているから、たとえ通常の複写装置においては給紙部を側面に設けるのが技術常識であるとしても、本願発明と引用例1記載の発明とは「記録器の記録紙の装填を前記ケースの前面側から行うための機構」を有する点において一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)また、原告は、本願発明と引用例1記載の発明は技術分野が全く異なるから、引用例1記載の発明は、本願発明が要旨とするイメージセンサに相当する機能を有する読取手段、及び、本願発明が要旨とするイメージセンサからの出力を記録する記録器に相当する機能を有する記録器を備えていないと主張する。

しかしながら、審決は、相違点〈1〉として「画像読取手段として、本願発明が、イメージセンサを用いているのに対し、引用例1記載の発明が「光学系12」を用いている点」を挙げているように、「読取手段」の語を、「原稿(描画シート)の画像情報を変換して記録器の記録紙上に再現するための手段」という意味で用いているのである。そして、引用例1記載の「光学系12」と、本願発明が要旨とする「描画シートの表面の画像を読取るイメージセンサ」は、ともに「原稿の画像情報を変換して記録器の記録紙上に再現するための手段」である点において何ら相違がないから、原告の上記主張は失当である。

(3)さらに、原告は、引用例1記載の発明においては感光紙8は前面から背面に向かって搬送されながら記録を行うのであるから、本願発明と引用例1記載の発明とは「記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行う」点において一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲の記載からは、記録紙の装填位置がケースの前面側なのか背面側なのか不明であり、記録器の配設位置が記録紙の装填位置より前面側なのか背面側なのかも不明であるから、記録紙の引出し過程のどの時点で記録が行われるのかを特定することができない。そうすると、記録紙の装填位置がケースの前面側であり、記録器の配設位置が記録紙の装填位置より背面側であり、したがって、記録紙が装填位置から引き出されていったん背面側に向かう過程で記録が行われ、記録が完了した後に、記録紙が折り返され前面側に向かって引き出される構成(すなわち、引用例1の第1図及び第2図に表されている構成)も、本願発明の技術的範囲から排除されないことになる。

したがって、本願発明が要旨とする「ロール状の記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行うこと」の技術内容が、記録紙が装填位置から引き出されて前面側に向かう過程で記録が行われる構成に限定されることを前提とする原告の前記主張は、失当である。

2  相違点〈3〉の判断について

原告は、引用例2の第2図は実施例のものを分解した状態を表すものにすぎず、ロール印刷紙13の装填方法が明らかでなく、ロール印刷紙13に印刷するための構成も明らかでないと主張する。

しかしながら、画像記録装置において、記録紙は消耗品であるから、これを随時補給し得るための構造を採用すべきことは技術的に当然である。そして、引用例2の第1図のカバー3を装着した状態では、印刷紙ロール13は隠蔽され交換が不可能である半面、同図には、カバー3の開放以外には印刷紙ロール13の交換を可能にする構成の記載が見当たらないことからすれば、「装置カバー3を外せば、(カバー3を開ければ)ロール印刷紙13を補充充填できることを表しているものと認められる」とした審決の認定判断に、何ら誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の明細書及び図面)及び第4号証(平成6年10月7日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が、下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、教育用及び会議用として利用できる複写機能付黒板に関するものである(明細書1頁19行、20行)。

最近、黒板に書いた文字、図形などをハードコピーする機能が付いた複写機能付黒板が開発されている(同2頁3行ないし5行)。第6ないし第8図は、従来例を示すものであって(同2頁6行、7行)、文字などが書かれた描画シート2を巻取側リール3bで巻き取りながら、光源4により描画シート2の描画面を照射し、その反射光を鏡5及び反射レンズ6で集光して、イメージセンサ7上に結像させ光学的情報を読み取り、これを電気信号に変換して記録器9に送り、記録器9は送られてきた電気信号によって記録紙10にハードコピーを行うものである(同3頁2行ないし9行)。

しかしながら、従来の記録器9はケース1の裏面に取り付けられており、記録器9の操作や記録し(「記録紙」の誤記と考えられる。)の装填は複写機能付黒板の裏面に回って行わなければならないので、壁に掛けて使用することは当然できないし、壁に掛けて使用しなくても、記録器の操作性がよくなかった。また、記録紙が紙詰まりを起こした場合にはその搬送路を見ることが困難であった(手続補正書2枚目7行ないし12行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、従来技術の上記のような不都合のない複写機能付黒板を創案することである。

(2)構成

本願発明は、上記の技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(手続補正書4枚目2行ないし10行)。

(3)作用効果

本願発明は、複写機能付黒板のロール状の記録紙を前面側から装填して、筆記面側に搬送するようにしたので、記録紙の装填が容易になるとともに、記録紙の紙詰まり時の処理も前面側から行うことが可能になる(手続補正書2枚目28行ないし3枚目1行)。

2  一致点の認定について

(1)原告は、引用例1の各図はいずれも縦断面図であるから、「給紙部13が(中略)箱状体で(中略)フレーム1の前面には給紙部13が挿入されている開口が設けられている」とした審決の認定は誤りであると主張する。

成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例1には、「第1図において複写装置フレーム1の上部前面に普通の黒板に対応するパネル部2が設けられている。パネル部2のパネル面(中略)として表面が平滑なシート3が張られている。」(1頁右下欄19行ないし2頁左上欄3行)、「シート3の表面に記録されたものを複写したいときは(中略)感光紙8が給紙されシート3の上の記録が感光紙8に複写される。」(2頁左上欄10行ないし15行)及び「複写部11は(中略)感光紙8の給紙部13と、感光紙の給紙を検知するペーパースイッチ14(中略)を含んでいる。」(2頁右上欄3行ないし9行)と記載されていることが認められる。

この記載を踏まえて別紙図面Bの第1図及び第2図をみると、感光紙8の給紙部13は、複写装置フレーム1の下部(複写部11)の前面に配設され、これに対応して、フレーム1の下部には開口が設けられていることが明らかである。そして、各図において、給紙部13は、背面側のみが解放され他の3面が閉ざされた横長四辺形に表されているから、給紙部13は薄い箱状のものであると解することができる(なお、成立に争いのない乙第1ないし第4号証によれば、複写装置における給紙手段を箱状のもので構成することは、本出願前の周知技術であると認められる。)。

したがって、引用例1の「給紙部13が感光紙8を収納する箱状体で構成していること、且つフレーム1の前面には給紙部13が挿入されている開口が設けられている」としたうえ、本願発明と引用例1記載の発明とは「記録器の記録紙の装填を前記ケースの前面から行うための機構」を有する点において一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)また、原告は、本願発明と引用例1記載の発明は技術分野が全く異なるから、引用例1記載の発明は、本願発明が要旨とするイメージセンサに相当する機能を有する読取手段、及び、このイメージセンサからの出力を記録する記録器に相当する機能を有する記録器を備えていないと主張する。

しかしながら、相違点〈1〉として「画像読取手段として、本願発明が、イメージセンサを用いているのに対し、引用例1記載の発明が「光学系12」を用いている点」が挙げられていることから明らかなように、審決は、「画像読取手段」という語を、イメージセンサあるいは光学系を含む、より上位の概念として使っているのであり、「読出手段」をこのような概念のものと理解することに技術的な問題は存しないから、本願発明と引用例1記載の発明とは「ケース内に設けられ前記描画シートの表面の画像を読取る読取手段と、前記ケースに背面より前方に設けられ、前記読取手段からの出力を記録紙に記録する記録器」を有する点において一致するとした審決の認定を、誤りということはできない。

(3)さらに、原告は、引用例1記載の発明においては感光紙8は前面から背面に搬送されながら記録を行うのであるから、これと、本願発明が要旨とする「ロール状の記録紙を前記ケースの前面側に向かって引き出しながら前記記録器によって記録を行うこと」とは同等であるとした審決の認定も誤りであると主張する。

確かに、前掲甲第5号証によれば、引用例1の各図面には、複写部11の前面に配設されている給紙部13から供給された感光紙8が、複写部11の背面に向かってペーパースイッチ14、帯電部15、露光部16、現像部17に順次搬送され、ここで折り返されて、定着乾燥部18を経由して複写部11の前面に配設されている排紙トレー19から排紙されることが記載されていることが認められる。したがって、引用例1記載の感光紙8は、複写部11の前面から背面に向かって搬送される過程で記録を行うものであることが明らかである。

これに反し、本願発明の特許請求の範囲の記載からは、記録器がケースの背面より前方に設けられること、記録紙の装填をケースの前面側から行うこと、及び、記録紙をケースの前面側に向かって引き出しながら記録を行うことが特定されるだけであって、記録紙が装填される位置がケースの前面側であるのか背面側であるのか、記録器の配設位置が記録紙の装填位置より前面側なのか背面側なのかを特定することはできない。

また、前掲甲第2号証及び同第4号証に基づいて本願明細書の発明の詳細な説明の記載事項を検討すると、発明の詳細な説明には、実施例として「描画シート12上に描かれた文字、図形は第4図のように配置された光源16、鏡17、レンズ19、イメージセンサ20により電気信号に変更され、記録器21により記録紙22上にハードコピーを行なう。一方、記録紙22の交換や、記録器21の補修時は前回動軸23を中心軸として記録器21を前記ケース11より開き、前面側から行なえる。」(明細書6頁3行ないし10行)と記載されていることが認められ、この記載と別紙図面Aの第4図、第5図をみると、この実施例のものは、記録紙22がケース11の前面側に搬送される過程で記録が行われるものと認められる。しかしながら、実施例は、当該発明の一つの実施の形態を示すにとどまり、このことから当該発明が実施例のものの構成に限定されるとすることはできない。そして、そのほかの発明の詳細な説明の記載を検討しても、この構成を上記実施例のものの構成に限定的に理解すべき根拠となるような記載事項は見当たらない。

そうすると、記録器の配設位置が記録紙の装填位置より背面側であり、したがって、記録紙が装填位置から引き出され、いったん背面側に搬送される過程で記録が行われ、記録が完了した後に記録紙が折り返され、前面側に向かって引き出される構成(これは、引用例1の前記構成にほかならない。)も、本願発明の技術的範囲に含まれることになる。

この点について、原告は、本願発明が「記録器9の操作や記録紙の装填は複写機能付黒板の裏面に回って行わなければならないので、壁に掛けて使用することは当然できないし、壁に掛けて使用しなくても、記録器の操作牲がよくなかった。また、記録紙が紙詰まりを起こした場合にはその搬送路を見ることが困難であった」(手続補正書2枚目8行ないし12行)という従来技術の問題点を解決するために創案されたものであることを理由として、引用例1記載の発明の構成との違いを主張する。

しかしながら、前記のように、本願発明の作用効果とされている「記録紙の装填が容易になるとともに、記録紙の紙詰まり時の処理も前面側から行うことが可能になる」(手続補正書2枚目29行ないし3枚目1行)点は、本願発明が要旨とする「ロール状の記録紙の装填を前記ケースの前面側から行うための開閉機構」によってもたらされるものであって、記録紙がケースの前面側に搬送される過程で記録が行われる構成によってもたらされるものではないから、原告の上記主張は、「記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行うこと」の技術内容が、記録紙がケースの前面側に搬送される過程で記録が行われる構成に限定されることの論拠にはなりえない。

したがって、本願発明が要旨とする「記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行うこと」の技術内容が、記録紙がケースの前面側に搬送される過程で記録が行われる構成に限定されることを前提とする原告の前記主張は、失当である。

よって、本願発明と引用例1記載のものとは「記録紙を前記ケースの前面側に向かって引出しながら前記記録器によって記録を行う」点において一致するとした審決の認定も、正当というべきである。

3  相違点〈3〉の判断について

原告は、引用例2の第2図は同引用例記載の発明の実施例のものを分解した状態を表すものにすぎず、本願発明が要旨とする「ロール状の記録紙の装填を前記ケースの前面側から行うための開閉機構」が開示されているとは到底いえないと主張する。

成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例2には、「第1図は本発明の実施例の1つである。(中略)3は装置のカバー、(中略)5は印刷紙の受け、6は印刷紙(中略)で実施例の外観を表わした。第2図は第1図の構成を表わし」(2頁左上欄1行ないし5行)及び「10は(中略)シヤーシ、(中略)12は印刷制御部と印刷装置を収納したシヤーシ、13は印刷紙のロール」(同欄15行ないし19行)と記載されていることが認められる。

この記載を踏まえて別紙図面Cの第1図及び第2図をみると、第1図のカバー3が装着された状態では印刷紙のロール13を見ることができないが、第2図のカバー3が外された状態ではシヤーシ12から印刷紙のロール13が露出することが認められる。

そして、複写装置において記録紙(印刷紙)は消耗品であって、随時、容易にその補充装填ができる構成が望ましいことは技術的に自明のことであるから、複写機能を有する引用例2記載の発明も随時、容易に印刷紙の補充装填ができる構成を備えていると考えるのは当然のことである。そうすると、引用例2記載のカバー3は随時、容易に取外し(開閉)ができるものであり、これを取り外す(開く)ことによって、印刷紙のロール13の装填を装置の前面側から行うことができる構成のものと認めるのが相当である。

よって、引用例2には開閉機構を基にした記録紙の補充装填手段が記載されているから、これを引用例1記載の発明に適用することによって相違点〈3〉に係る本願発明の構成を得ることは、当業者が容易になし得たことであり、この構成によって奏される作用効果は格別のものとはいえない。

したがって、相違点〈3〉についての審決の判断にも、誤りはない。

4  以上のとおりであるから、審決の認定判断はすべて正当であって、本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした審決に違法はない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面 B

〈省略〉

別紙図面 C

〈省略〉

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